大判例

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大阪高等裁判所 昭和48年(ネ)1421号 判決

原告(控訴人)

永松宝

右訴訟代理人

林武雄

被告(被控訴人)

伏見信用金庫

右代表者

室谷光義

右訴訟代理人

山崎一雄

主文

原判決を次のとおり変更する。

被告は原告に対し一万五八九四円を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じこれを二〇分しその一を被告の負担としその余を原告の負担とする。

本判決中原告勝訴の部分は仮に執行できる。

事実

(原判決主文)

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

(原審における請求の趣旨)

被告は原告に対し一〇〇万円及びこれに対する昭和四〇年二月一三日から完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

(不服の範囲)

原判決全部 なお、当審において請求の趣旨を次のとおり変更した。

被告は原告に対し一〇五万六〇〇〇円及びこのうち一〇〇万円に対する昭和(以下略)四〇年四月八日より完済まで年六分の割合による金員を支払え、との判決と仮執行の宣言。

(当事者双方の主張)

次のとおり付加する外は原判決事実摘示のとおりである。

原告の主張

1、原告の被告に対する本件定期預金は三九年四月七日から年利五分六厘の年間の定期預金であるから被告は満期日の四〇年四月七日に利息を加えた一〇五万六〇〇〇円を原告に支払うべきものである。よつて原告は被告にこの元利金及びそのうち元金一〇〇万円に対する右の四月七日の翌日より完済まで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金を求める。

2、原被告間には三八年一二月二一日原告個人の普通預金取引があつたが、同年三月二二日と同三九年一月二三日に装蹄師会代表者永松宝と被告との普通預金取引が始まり、三九年三月二七日右の普通預金を解約して一〇三万〇八〇五円の払戻しがあり、同年四月七日装蹄師会代表者永松宝名義でその中の一〇〇万円が年利五分六厘の本件一年定期預金として預入れられた。ところが三九年五月八日永松ナミ子が原告の印鑑を冒用して被告と手形貸付、手形割引、証書貸付、当座貸越支払保証契約をなしてこの定期預金に質権を設定したものである。而して、従前原告がナミ子を使者又は補助者として被告との間でさせていた行為は、普通預金通帳と印鑑を持参させて行う普通預金の預入と払戻しであつて、裁量の余地のない行為であつたのに対し本件は従前とは大いに異なる手形貸付とか担保提供という範囲の大きい行為であるから、この場合は本人の委任状とか承諾書をとるか直接本人に照会して代理権の有無を明確にして行うべきであつたのに、これを行わなかつた被告には重大な過失があり、ナミ子に代理権ありと信ずべき正当な事由はない。況んや原告の住所と被告の淀支店とは六軒の家を隔てるだけで極めて近いところにあり、かつ本件定期預金は原告が装蹄師会から預つていた大事な金で被告方の係員を自宅に呼びよせて、手続した位であるから、被告がナミ子に代理権ありと信じたことには重大な過失がある。

3、被告は宝という名を女性の名と思い宝とはナミ子を指し契約は凡てナミ子との間で為されたもので原告とは関係がないというが、被告との取引は原告個人の普通預金取引、装蹄師会代表者永松宝の普通預金、定期預金取引の外に、ナミ子の取引口座も存在したのであり、装蹄師は通常男性の職業であるから装蹄師会代表者永松宝を女性と思うことは通常あり得ないので、原告とナミ子を混同することはあり得ない。

被告の主張

1、被告は被告の抗弁(一)(原判決二枚目一一行目以下)の冒頭の「訴外ナミ子……」とあるところを

「訴外永松ナミ子は原告の妻で、原告の代理人として平常被告方で預金、借入、弁請等の行為をなしていたところ、同人自身或は原告の代理人……」と訂正する。

2、ナミ子が被告より借入れた債務は被告に対する関係ではナミ子自身の債務か、ナミ子が原告を代理して借入れた債務かの何れかであり、その何れであるにしても同人は本件定期預金を借入れ債務の担保に提供したものであるところ、同人は四二年二月一三日債務を残して家出したため、被告は約旨により右債務と定期預金を対等額で相殺したものである。

(証拠)〈略〉

理由

一当裁判所の判断によると、原告の本訴請求は後記二の部分を除き失当と認められるので、原判決理由を、原判決七枚目表最後の行以下終りまでを除いて、ここに引用し、次の説明を付加する。

〈証拠〉によると、ナミ子は三七年一一月二二日以前から三九年四月二七日まで被告淀支店で同女自身の名義を以つて普通預金取引をしていたことが認められる。しかして〈証拠〉によると、原告は従来原告個人名義の普通預金でも、装蹄師会代表者永松宝名義の普通預金でも被告淀支店方における取引についてはナミ子に通帳と原告の印鑑を渡して行わせていたこと、本件定期預金も右のように原告がナミ子をして右支店に赴かせその手続を行わせたこと、被告が本件定期預金を担保としてナミ子に被告主張のような貸金をなしたのは主として右支店の貸付係平井重夫が担当して行つたもので、平井は右貸付に当りナミ子が永松宝という氏名であり、本件定期預金の預金者であると思つて同女も右取引をなしたこと、当時同支店の預金係窓口には三人の事務員がいて、前記のようにナミ子名義の預金もあつたため、右事務員の中にはナミ子が原告と別人であることを知つていた者もあつたかも知れないが、大部分の同支店員はナミ子が装蹄師会代表の永松宝であると思つていたことが認められ、これに反する証拠はない。

馬の蹄鉄をする装蹄師の会の代表者が女性であるというのはよく考えれば奇異ではあるが、このような職業の人を装蹄師と呼ぶことはほとんど知られていない(岩波の国語辞典等にも装蹄ないし装蹄師の語は出ていない)事実から考えると、そのような誤解は異状のできごとでもない。ナミ子は普通預金の場合も定期予金の場合も原告の印鑑と通帳をもつて同支店に預金の出し入れに来ており、かつ宝という名は女性の名としても通用するから、被告方の行員である平井重夫がナミ子を原告本人と思つて取引をなしたとしてもこれに過失があつたというのは相当でない。

しかし、ナミ子と原告が別人であり、本件定期預金の預主はナミ子でない原告であるから、本件定期預金の預主がナミ子であるという、被告の主張は採用できない。従つて本件は民法一一〇条の表見代理の問題ということになる。ところで、原告は原告がナミ子に普通預金出し入れの代理権を与えていたとしても、定期預金を担保に被告より借入れ行為とすることまで同人に代理権ありと信ずるのは被告に重大な過失があるという。確かに定期預金を担保にして金員を借入れる行為は普通預金の出し入れとは異るところがあるが、銀行取引においては日常よく行われることであり、ナミ子よりの要請に応じたとしても、これを以て被告の方に過失があつたというのは相当でない。成立に争いのない甲七号証と当審における原告本人尋問の結果によれば、ナミ子は原告より原告の前記名称の預金の残高証明書をとつて来るようにいわれると、専らその目的のため被告の河原町支店に右名称で一時金員を預け入れて残高証明書を出させて、間もなくその預金を引き出していることが認められ、ナミ子はこの例のように本件借入れに当つても巧妙又は自然に振舞つたことが想像されるので、この借入れについて被告の行員に過失ありということはできず被告の表見代理の主張は理由がある。被告の方でナミ子を原告本人だと信じても、原告の代理人であると信じてもそう信ずることに正当の事由があれば被告が保護されるべきであることにかわりはない。

二原判決七枚目表最後の行以下を次のとおり変更する。

被告の抗弁(一)1、2の事実は当事者間に争いがない。即ち、ナミ子が原告の名を用い本件定期預金に質権を設定して被告より金員を借受け、四一年一月一六日現在合計一〇〇万円の債務を有していたところ、四二年二月一三日被告が右の債権と本件定期預金債務を相殺する旨の意思表示をなし、同日その意思表示が原告に到達したのである。従つて、右債務の限度で本件定期預金債権は消滅したものといわねばならないが、成立に争いのない甲三号証の一によると右相殺の結果四〇年二月一三日現在尚一万五八九四円の利息債権が残つていることが認められ、被告がこれを原告に弁済したことについては主張、立証がないから、被告は原告に対しこの金員を支払うべき義務あるものといわねばならない。

三よつて、原告の本件控訴は右の限度で理由があるので原判決を右のように変更することとし、控訴費用の負担等につき民訴法九六条九二条一九六条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(前田覚郎 菊地博 中川敏男)

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